貸事務所と賃貸事務所
本多孝好の第一賃貸事務所は『真夜中の五分前』でピークを迎え、ここから始まるのは第二賃貸事務所なのである。そう解釈することも可能だろう。 トモイチを始めとする秀逸な八尾市 賃貸
を見よ。今さらそんなことに感心していてはいけないが、巧みな人物造形を積み重ね、かくて現代の青春が鮮やかに立ち上がってくる。うまいなあ。 これに続けて、豊島ミホ『神田川デイズ』(角川書店一四〇〇円)を読むと、『正義のミカタ』が凄すぎるので、やや印象を弱めてしまうのは致し方ない。 こちらも大学を舞台にした青春オフィスで、カッコ悪い「上京ボーイズ&ガールズ」のさまざまな日々を描いてそれなりに読ませるが、まだごつごつしている感は否めない。しかしこの作家の才能と将来性を評価するので、長い目で見ていきたいと思う。なんといっても、『エバーグリーン』を書いた作者なのだ。オリジナルな物語を書きたいという強い意思を持ち続けるかぎり、その途中の試行錯誤を含めて私は読み続ける。 おやっと思ったのが、阿川大樹『D列車でいこう』(徳間書店一七〇〇円)。一九九九年に「天使の漂流」でサントリーミステリー貸事務所
を受賞し、2005年に『覇権の標的』で第2回ダイヤモンド経済オフィス大賞優秀賞を受賞、と著者略歴にあるが、その『覇権の標的』を未読だったので、どんなものかと読み始めたら、いやはや一気読みの面白さだ。 廃止が決定したローカル線をたった三人の民間人が建て直す話である。五八歳の田中と五五歳の慎平、二人のセミリタイヤ組に三二歳の由希が会社をつくり、田舎町に乗り込んで次々に奇抜なアイディアを出していくのだが、テンポよく結構よく、最後まで一気に読まされる。 そのビジネス・アイディアが中心になるので、もう少し三人の絡みを読みたかったという願いが満たされないのが唯一の不満だが、しかしそちらを書き込むと違うオフィスになりそうで、そのあたりは難しい。まだまだ引き出しのある作家と見た。今後に要注意。 三田完『俳風三麗花』(文藝春秋二一九〇円)も面白い。こちらには「本邦初の句会オフィス!?」の帯がついている。賃貸オフィス・事務所
は昭和七年。舞台は東京日暮里。暮愁先生の句会に新たに三人の女性が加わって、この物語がスタートする。大学教授の娘ちゑ、女子医学生の壽子、浅草芸者の松太郎。三人とも初心者なので、暮愁先生を始めとしてメンバーが彼女たちを指導することになり、季語の紹介から句のよしあしまで、懇切丁寧に読者もまた学ぶことが出来る。 また一つの句が出来るまでの様子を実況中継のように描いていくので、すこぶる面白い。私は俳句の素養がまったくない人間だが、なるほどこうやって句が出来上がるんだなと納得するのである。 三人の娘の恋模様も描かれるけれど、それは贅沢なおまけのようなもので、読み終えると無性に俳句を作りたくなってくる。つまり気品漂うオフィスであり、さらに知的好奇心を刺激してくれるオフィスなのである。 藤水名子『紅嵐記』(講談社上一九〇〇円下二〇〇〇円)は、帯の惹句にまず不満。上巻の帯に「フビライ・ハーンの近衛兵を祖父にもつバヤン家のサカルの夢は、料理人になることだった」とあるのだ。たしかに上巻は、バヤン家のサカルの物語であるから、この惹句は間違いではない。 しかし下巻の帯の惹句は「紅巾の乱に身を投じた八尾市はやがて身を起こし、明の太祖・朱元璋となる」というもので、これではどちらがこの大長編の主人公なのか、判然としない。 まず最初に書いておくと、圧倒的に読ませるのである。元末の動乱を背景に、さまざまな賃貸オフィス
が入り乱れ、さまざまな挿話が積み重なり、ドラマがどんどん錯綜していく。読みごたえたっぷりの長編といっていい。 ところが著者初の新聞連載オフィスということもあったのか、いささか混乱している感は免れない。群像劇であるから、料理人をめざすバヤン家のサカルに、のちに明の太祖・朱元璋となる八尾市と、二人の賃貸事務所
がいてもかまわないのだが、ならばそれを貫く大きな流れがなくてはならない。あとがきを読むと、八尾市を主人公とするつもりが、わき役たちに愛着を覚えてしまったとあるので、構成がやや乱れたことは事実。そうか、帯の責任ではなく、物語の破綻を表していただけか。さらに八尾市の人生も描ききっていないから、これは続編を待たなければならない。 今月の最後は、山本兼一『いっしん虎徹』(文藝春秋一九〇〇円)。刀鍛冶・長曽祢興里(のちの虎徹)の波瀾に富んだ半生を活写する長編で、そのディテールと緊密度と迫力にひたすら感服する。松本清張賞受賞の『火天の城』を始めとするテクノクラートオフィスの、ある意味でのピークといっていい傑作だ。先月号に引き続いて、古典の話で枕をふる。わが国のミステリ・シーンにおいて、クラシック・ミステリはどういうわけか限られた範囲の、限られた読者のためのものという期間が随分と長く続いた。そのために、本来、もっと紹介されてしかるべき作家の作品が、未訳のまま残されている例は少なくない。めでたく第三期に突入した<世界探偵オフィス全集>のラインナップにも、その欠落を補おうとする姿勢が窺えるのは貸事務所として嬉しい限りだ。三期を通じて、三作か紹介されることとなったアントニイ・バークリーや二作出るエドマンド・クリスピンは、その代表的な例といっていいだろう。そして、今月のトップバッターとなるシリル・ヘアーも、そんな作家のひとりである。とはいっても、ヘアーの長編はわずかに九編だから、わが国における翻訳紹介率は、決して悲観したものではない。八尾市で「風が吹く時」「法の悲劇」「ただひと突きの…」の三作があるし、<世界探偵オフィス全集>の第一期にも「英国風の殺人」が収められている。しかし、これらの作品を手にした読者なら、必ずや、もっと読みたい、と思う筈だ。今回の『自殺じゃない!』(富塚由美訳/国書刊行会二四〇〇円)は、そういう本格好きの二ーズに応える作品といえるだろう。
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